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「脱ひきこもり」お役立ちコラム

親御様の「幸せ」は?

訪問支援を通して、不登校やひきこもりのお子様と関わっている中、往々にして4回目の面談頃から未来に向けた有意義な対話が出来るようになります。その時、親御様の期待や世間体ではなく、お子様本人がやっぱり復学したいという意志がある場合、その方向で作戦を立てていくということをさせて頂いておりますが、その後、実際にお子様が行動に移し始めた時、親御様は一体どのようなサポートができるのでしょうか?ここでは親御様のちょっとした心得についてお話させて頂きます。

 

お子様が不登校やひきこもり状態から脱出し、学校に行き始めた時、もしくは職業訓練校や専門学校、大学に行き始めた時、親御様から大変喜ばれているメールを頂くことがあるのですが、次第にご不安になられる親御様もいらっしゃいます。それは、「また行かなくなったらどうしよう」「学校に行くようになったものの、勉強は大丈夫なのかしら」と、まだ起きていないことや次の問題に目を奪われ、心配し始めることが多いようです。

 

長らくひきこもり状態であったのにもかかわらず、勇気を振り絞って脱ひきこもりの行動を起こしたお子様の気持ちに関心を寄せるよりも、親御様は「子どものために」次の心配ごとを始めることがしばしばあります。もしこれを「親心だから仕方ない」と言ってしまうと親御様には将来、不都合な真実が待ち受けています。それはいつまで経っても、死ぬまで親御様ご自身が幸せになることはないということです。

 

学校・職業訓練などに行くようになれば、次は進級できるのかしら?進級できたら次は卒業できるのかしら?卒業できたら次は受験合格できるのかしら?受験合格したら次は就職できるのかしら?就職できたらすぐに辞めないのかしら?会社は潰れないのかしら?結婚できるのかしら?相手方の親御さんともうまくやっていけるのかしら?子どもは出来るのかしら?孫は学校に行けるのかしら?・・・もう、これエンドレスですよね。

 

ここでおわかり頂けるように、心配事や悩み事となる種は尽きることがないのです。「今」という時間しか生きられない私達にとって、将来は分からないものであって、その不確かさゆえに、心配事は探せば探すほど、見つけることができるのです。極端に言ってしまうと、死ぬまで心配しようと思えば、心配し放題なんです。死後の世界ほど不確か極まりないものはありませんし、だからこそ人類は神様や宗教にお祈りをすることで心の平安を保とうとしたのかもしれません。

 

お子様が不登校やひきこもりを脱出し始めたばかりで、親御様が次の心配をし始めようとした時、私達は毎回、「お母さん、いつまで経っても幸せなりませんよ」とお伝えします。「お子さんも自分の人生を歩み出されましたので、お母さんもご自身の人生を歩まれ始めてはいかがですか?」と、恐縮ですがご提案させて頂きます。

 

というのも、不登校やひきこもりから脱出し始めたお子様にとって、「生きることは楽しいこと」であり、「意味があるもの」、そして社会はつまらない場所ではなく、生きがいを得られる場所であることを親御様が背中を通して示すことこそが、彼らに対して親御様ができる、最大のサポートだと私達は考えるからです。

 

もしお子様の将来のことについて心配事が尽きなくなってしまった時、お子様のことではなく、親御様ご自身の人生について、ちょっと一度立ち止まって、考えてみられませんか?