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私立高校退学後にくすぶり続けた20歳の男の子が前に歩き始めたケース

M君(20歳/男性:神奈川県在住)は幼少期から親御さんの勧めで武道を習い、その後、どんどん頭角を出して、中学時 には部活でリーダー的存在になるほど 、その武道に没頭していました。実際に 私立高校運動部のスカウトもくるほど強くなり 、強豪チームを有するその高校に 彼は 進学しましたが、 実際に入学してみると理想と現実のギャップ につまずき、不登校になりました。その後、通信制高校に入り直しました が、その学校がアニメや声優などが好きなインドア派の生徒で集まる高校であったため、これまで体育会系できた彼にとっては場違いのように感じてしまい、なかなか友達ができずに学校から足が遠のいていきました。その頃から「生きる意味がわからない」「なぜ 自分を産んだ んだ 」「 友達がいない」と親御さんにぶつけるようになりますが、一方で「熱い生き方をしたい」と切望するも、なかなかか行動に移るところまでは及ばず、ひきこもりの状態が続いていました。その後、彼は1年遅れて高校を卒業し、自分の成績で行ける大学に入学したのですが、ここでも本人が描いていた理想とは違ったようで、ゴールデンウィーク以降、再びひきこもりに。悩み抜いた末、もう大学は辞めようと、アルバイトの面接に受かったら退学する計画を立てたのですが、急に面接当日にドタキャンをしてしまい、そんな自分に嫌気が指したのか、「カウンセラーのような人と話がしたい」と親御さんに話し、私は彼と関わるようになりました。

 

最初に会った時は、非常に礼儀正しく、また身体も大きいため、「ひきこもり」のイメージにそぐわなかったのですが、とても悶々とした表情で、心の中では、とてももがいているようでした。親御さんは良き理解者でいつも彼が悩んだ時は話を聴いてあげていたらしく、彼の良さにも気づいていました。「ものすごくリーダーシップもあって良いものもっているのに、この数年間、『何くすぶっているんだ』と思っています」と、あれだけ武道で苦しい練習をしてきたのに、閉じこもってしまっている彼にもどかしさを感じていました。自信を失っていた彼は自分の駄目なところばかりを見て、自己批判をしている真っ只中でしたので、私は「雑草(自分のネガティブな思考や感情)」をならしながら、「花(強み)」を育てていこうと、まずは彼に強み診断テストを受けてもらいました。すると、彼の「特長的な強み」は「好奇心」「社会的知性」「ユーモア」「知的柔軟性」だったのです。それぞれの「強み」がどのような意味なのか、過去のストーリーと紐づけながら伺っていくと、彼は人がどのように考えたり、行動したりするのか、とても興味があり、「好奇心」が湧くというのです。確かに武道をしていた時、相手がどんなことを考えているのかを予測し、先読みしてフェイントをかけて倒すのが一番楽しかったとのことで、また今ハマっているオンラインゲームでも対戦相手のマインドを読み、手玉にとるのが面白いと言うのです。彼のこの発言は「好奇心」だけでなく、人の行動を多角的に分析する「知的柔軟性」や表情や声などからも読み取る「社会的知性」という「特長的な強み」も一緒に使っているのが見てとれました。これらの「強み」を活かした、まさに彼ならではのお話だったのです。彼自身も楽しいと感じてやっているオンラインゲームと幼少期から長年やっていた武道が自分の「強み」を活かしていたという点で繋がっていることに驚いたようで、これらを今後、使っていけばいいのかと何かヒントを得たような、まだ2回目の面接にも関わらず、希望が見えたような表情をしていました。

 

これは経験上、思うことなのですが、彼だけでなく、小学校でも中学校でも高校でも、過去に何か頑張った経験があるお子さんはたとえ今、ひきこもりであっても、やっぱり前に進み出すのが早いんです。この「強み」のアプローチが本当にハマると、数回の面談で前に進み出す子もいるのですが、それは紛れもなく、「心の病気」が原因だったからではなく、「強み」の使い方を誤っていただけだと私は思うのです。自分が当たり前のように使っていた「強み」をしっかり認識させ、その強みの価値を認めて、ボリューム調整という概念で捉え直していくと、あの時つまずいたのは自分の「強み」を使い過ぎていた、もしくは全く使っていなかったからだと腑に落ち、今、どの「強み」を意識して使わなければいけないのか、自ずと前に進む道筋が見えてくることがよくあります。彼の場合も例外ではありませんでした。彼は自分の過去を「強み」のレンズを通して振り返っていくと、強豪校でつまずいたのは「社会的知性」を使い過ぎ、「知的柔軟性」を全く使っていなかったと言ってきました。武道がある意味、自分のアイデンティティのようなものだったのですが、高校1年の時、ある大会で他校の男の子との試合で自分が勝った時、負けた相手のお婆ちゃんが会場に来ていて、孫の負けを見て泣いているのが目に入ってしまったそうです。その光景を見た彼は相手を負かしたことにとても罪悪感をもってしまい、武道で高校に入学したにも関わらず、武道をやる意味が分からなくなり、無気力のようになってしまったというのです。

 

「あの時、社会的知性を使い過ぎちゃって、全然、知的柔軟性を使えていなかったんですね・・・」

 

また、通信制高校でつまずいた時も、「アニメ好きの子が多い中、ずっと格闘系の友達とつるんできたんで、中学の時とか馬鹿な話をして、盛り上がれていたのにそれが通信制でやってしまうと浮いてしまうので、自分の「ユーモア」を抑えようと制限し過ぎたのかもしれません」と反省していました。彼は過去の出来事について反省していますが、その反省も強みベースで捉えているため、「じゃあ、次に同じようなことになった場合、本来は自分を輝かせてくれるこの『強み』をどう活かそうか?」と未来志向で建設的な対話へともっていきやすいのです。

 

私たちは次のステップとして、彼が人間関係に対する自信を回復できるように「好奇心」がかき立てられやすい、ゲームのオフ会のイベントに参加する計画を立てました。私はゲームのオフ会のことをよく知らないのですが、都内ではよく開催されているようで、彼はインターネットで調べて申込み、実際に行ってきたようで、そこで知り合った同世代の男の子と友人になってきていました。「夕食も一緒に食べてきた」と嬉しそうに報告してきたのですが、彼の方から、今回は「ユーモア」を活かすことができましたと言ってきました。

 

その後、もっと異なる文化の人たちが何を考えて行動しているのかを知ってみたいと「好奇心」が海外に向かうようになり、そのために国際協力めに国際協力NPOのボランティアをしたりしながら、お金を貯めて海外に行ってみようという話になり、彼は後期から休学し、国際協力NPOに出入りし始めました。国内外で様々なご経験を積まれたスタッフさん達に囲まれ、そこの仕事のお手伝いを始めています。自分の「強み」という一灯を手に、暗く長いトンネルを抜け出し始めた彼の行動に拍手を送りたいですし、彼の「好奇心」が彼をどこまで連れて行ってくれるのか、とても楽しみです。

 

松隈 信一郎(医学博士/公認心理師)

福岡県出身。慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程にて幸福感や強み等、人間のプラス面を科学するポジティブサイコロジーを研究。在学中より従来のカウンセリングではない、ポジティブサイコロジーによる不登校・ひきこもり支援の可能性を見出す。その後、一般社団法人ストレングス協会を設立。10代、20代の若者に特化した訪問支援と教員・保護者へのポジティブサイコロジーの教育を通して、世界中の青年が希望をもてる社会の実現に向けて活動を続ける。著書に『「強み」の見出し方』(「月刊精神科」2017年7月号)等。

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