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「脱ひきこもり」お役立ちコラム

人を育てることは盆栽を育てることに似ている

松隈 信一郎(医学博士/公認心理師)

福岡県出身。慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程にて幸福感や強み等、人間のプラス面を科学するポジティブサイコロジーを研究。在学中より従来のカウンセリングではない、ポジティブサイコロジーによる不登校・ひきこもり支援の可能性を見出す。その後、一般社団法人ストレングス協会を設立。10代、20代の若者に特化した訪問支援と教員・保護者へのポジティブサイコロジーの教育を通して、世界中の青少年が希望をもてる社会の実現に向けて活動を続ける。著書に『「強み」の見出し方』(「月刊精神科」2017年7月号)等。

 

先日、何気なく読んでいた本で「人を育てることは盆栽を育てることに似ている」という文を目にしました。盆栽は、まずはその木が太陽の日を浴び、伸び伸びと成長した上で、その木ならでは部分を生かしながら、さらにその木が栄えるように形を整えていくプロセスであると。そもそもの木が育っていない状態であれこれ手入れをしたら、形を整える前にその木は潰れてしまうというのです。「確かになあ」と非常に納得してしまいました。

これは不登校であろうとなかろうと関係ないと思うのですが、私達、大人は「この子のために」と思って、あれこれやることが時として裏目に出てしまうこともあるということを肝に銘じておく必要があるのかもしれません。自分と子どもの関係性を外から見る客観的な目を私達、大人の方こそ育てていくことが必要なのだろうと、この盆栽の話を読みながら、改めてそう思いました。

 

盆栽は一夜にしてならず、ある程度、その木が育ってくるまでは、最終的にどんな作品になるのかわかりません。育っているプロセスの中、すぐに「〇」「×」をつけずに「△」を大切に扱っていくことがとても重要になってきます。脳は理解できないものと同居することを嫌います。不確かなものと同居するとエネルギーを費やさなければならないので、曖昧なもの、理解できないものを拒みたくなる傾向にあるのです。

 

「不確かなものを不確かなものとして同居すること、受け入れること」

 

これは、木の問題ではなく、育てる側の懐の広さや器の大きさが問題になってきます。育てる側の私達、大人が「目の前の木をどうすればいいのか?」という疑問をもたれることは至って自然なことかもしれません。一方、「この木は育てる側の自分に何を問いかけてきているのか?」という問いをいつも大切にしたいところです。